さいとうロマンティック
第12話 「思い出、ななばんめ、理想と現実?」

 「ミカちゃーん?」物音に気づいた祖母がミカの部屋の扉を開けた。「あれ・・・?今帰ったんだと思ったんだけど・・・、お父さん心配してたわよ、おやすみ」そう言ってミカの祖母は扉を閉めると、一階の和室へと戻っていった。「なんだか隣のワンちゃん騒がしいわねー」。

 「ぐっ」衝撃に声が漏れた。右足が塀を捉える、しかし体は止まってはくれずに、そのまま前のめりになって塀の向こうへ落ちて行こうとする。僕は必死に傾いてゆく体の向きを変えようと、塀を掴んだ右手を軸にして曲がっていた右足を思いっきり伸ばす。「ふんがっ!」僕の体は何とか頭から下へ落ちる事をやめ、そのまま両足で隣家の庭へ着地した。
 十点満点だ、パーフェクト。そんな事を考えたのも束の間、足元から物凄い唸り声が聞こえてきた。「グゥゥゥゥ・・・」闇の中、僅かな星の光を映して光る二つの目。さぞや眠りを妨げられた事が不服だったのだろう、一歩も引かず、こちらの動向をうかがっている犬がそこにいた。
 考えている暇は無かった。僕は再び塀に向かって飛びかかる、「グァッ!」、「ワン」や「キャン」では無い、獲物を仕留めるときの声がズボンの裾を掠める。僕は慌てふためき塀をよじ登るが、勢いあまって今度はミカさんの家の裏庭へ落ちた。「ギャン!ギャン!」壁越しでも犬は相変わらず僕を威嚇してくる。ひょっとしたらご主人に危機を知らせているのかもしれなかった。どちらにしろ、この声に住民が反応した時点でアウトである。僕は慌てて裏庭から玄関へと戻った。
 玄関に戻ってみると、相変わらず犬の声が静寂を吹き飛ばしているものの、住宅街の異変に気づいた人はまだいないようだ。
 僕は素早く立てかけておいた荷物を拾い上げ、走ってミカさんの家を後にした。

 「ただいま」、すりガラス越しに漏れるリビングの光に僕はそう話しかけ、返事も待たぬままに自分の部屋へと逃げ込む。日付が変わって既に三十分、それ程夜更かしでもないが、体は酷い疲れを訴えている。服を着替え、そのままベッドに潜り込む。
 酔いを抜くために歩いた夜道。それでもベッドの中でまどろむ位は残っていて欲しかったが、もはや素面となんら変わりは無い。むしろ気持ち悪さだけ残り、寝付くのには時間がかかりそうだ。自然と今日の出来事がフラッシュバックされる。
 路地に連れ込まれた女の子を見つけたこと、暴漢を倒したこと、助けてみたらミカさんだったこと、正義のヒーロー「さいとうロマンティック」となってしまった事、彼女を家まで送り、あまつさえ不法侵入までしてしまったこと・・・。どれも一つ間違えれば遭遇し得なかった出来事で、どれも一つ間違えれば誰かの人生を狂わせかねない出来事。とても怖い事だ。
 でも、僕がそうしなければ彼女は助からなかった。そして何より僕があの時感じたものは間違いなく、自分の中にある強い意思だったのだ。それは初めて僕の前に顔を出し、結果を残して消えていった。そして今でも、あの行動は間違っていなかったとも思えるのだ。僕が正義、独り善がりだが、あの時の僕は正義であった。それでも・・・、ここは漫画の中じゃない、たとえ人助けの為とはいっても、人に怪我を負わせたり、無断で人の家に入った事が見つかれば罪に問われるであろう事は明らかだった。

 自分の意思によって引き起こされた出来事で保身に怯える自分。僕は枕をどかし、布団を頭までかけると、そのまま考える事をやめた。


 続く。

 バックナンバー
 第00話 「序章、登場、おやすみなさい」
 第01話 「おはよう、思い出、前半戦」
 第02話 「思い出、後半戦、行ってきます」
 第03話 「教室、友達、昼休み」
 第04話 「部活、ジャーマネ、地獄耳」
 第05話 「帰り道、文化祭、一日の終わり」
 第06話 「おはよう、思い出、いちばんめ」
 第07話 「思い出、にばんめ、自分のこころ」
 第08話 「思い出、さんばんめ、先手必勝!」
 第09話 「思い出、よんばんめ、自己紹介」
 第10話 「思い出、ごばんめ、潜入だ!」
 第11話 「思い出、ろくばんめ、ジャンプ!」
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by emporfahren | 2006-02-14 14:55 | Comments(0)
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