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悪夢
2 午後八時五十分、バス車内

 ぞろぞろとリムジンバスの中に人が乗り込んでくる。早々に手続きを済まし、三十分以上早くバスに乗り込んでいた僕は、僕と同じ目標、または境遇であろう乗り込んでくる彼らを一人一人観察していた。同い年くらいの青年から、もっと若いように見える女の子や男の子、中年の女性など、様々な人がいて、その誰もが押し黙っていた、全員知らぬもの同士なのだろうか。いや、ひょっとしたら知り合いがいても話せる雰囲気ではないのかもしれない。とにかく、車内には人々が乗り込む足音以外の音は存在する事が出来ないようだった。
 そこでふと、僕はちょっとした事に気付いた。皆、殆ど手荷物を持っていないのである。リムジンバスである以上、乗り込む際に大きな荷物は椅子の下に収納してもらう。しかし、それを考慮していても、明らかに持ち物が少ない。殆どの人が手ぶらである、といっても差し支えないレベルだろう。それにひきかえ僕はと言うと大きな荷物は勿論しまってもらっている上に、手荷物として肩からかける小さなバッグとかなり大きいドラムバッグを抱えていて、つい先ほどよっこらせとドラムバッグを天井の収納スペースに持ち上げたばかりである。
 まぁ、やっぱりそうなんだろうな、こーゆーところは。僕は探偵気取りでこの状況を推測した。

 そんな邪推をしているうちに、席はあっという間に全て埋まってしまった。正直、こんな事にこれだけ人が集まるとは思っていなかった僕は、日本は大丈夫なのか、なんて余計な心配や、窓側を取っといて良かった、と思ったりした。
 「間もなく発車します、手荷物がある方は椅子の下か天井部分の棚にしまって下さい」
 運転手がマイクでそう告げると、低い音と振動と共に車のエンジンがかかり、椅子の向こうから扉の閉まる音がした。
 間もなく、車がゆっくりと動き出した。腕の時計は九時十二分を表示していた。
by emporfahren | 2006-08-19 23:18 | 現実
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